2013年2月24日日曜日

右左というイデオロギーの無意味さについて


 安倍政権になってからネットを眺めていると、ネトウヨだと思われる書き込みで「このサヨクの売国奴が・・・」的な罵倒を見かける事が多くなった。
 なるほど、サヨクというのは、まるで一種の差別用語のようだ。しかも最近ではちょっと流行になっている感もあるようで、ときどき場違いなサヨク罵倒的な発言を見かけることがある。例えば「それって右とか左の問題じゃないでしょう?」というテーマなのに、サヨク野郎的な罵倒に出くわして、悪口にしてもちょっと的外れじゃないの・・・などと考える事があるからだ。

 これらの違和感の正体は、現在の社会は「右翼」「左翼」というカテゴリに分かれていないし、そのような道理でも動いておらず、そもそもそんな分け方にあまり意味がないからだ。
 例えば街頭で「あなたは左翼ですか、右翼ですか?」などと質問をされたら、きっと大抵の人は答えに困るだろう。だが、もしも質問内容が「あなたはマヨラーですか? Y/N」ならば誰もが悩まずに答えられるだろう。つまり、右とか左という分け方は、現在の政治なりし社会の分け方として、あまり意味がなく、ナンセンスだという事だ。そんな視点で政治を見てもあまり意味はないと思う。

 それよりも、むしろ今ならば、「あなたはグローバリストですか、国民国家主義者ですか?」と問う方がより明確にその人の立ち位置を示すのにいいし、今まさに岐路にたっている日本の進むべき方向を問う事になる。私の主観込みになるが、具体的に例をあげると、各主要政党のスタンスは概ね次のようになっていると思われる。

<グローバリスト/国家主義者>
 ※ちょっと強引にわけた結果
 ・自民党   →グローバリスト
 ・維新の会  →グローバリスト
 ・みんなの党 →グローバリスト
 ・民主党   →グローバリスト
 ・未来の党  →国民国家主義者
 ・社民党   →国民国家主義者
 ・共産党   →国民国家主義者

 そして、次のような特色を持っている。

 1)グローバリスト
  市場原理主義(小さな政府)
  格差肯定(トリクルダウン理論)、株主優先とした社会形成、TPP推進
  →はっきりいって、社会の1%側優先の政治

 2)国民国家主義者
  従来型の国家主体の社会政策(大きな政府)
  格差否定、労働者保護など、TPP反対
  →基本的には、社会の99%優先の政治
   (反TPP、反原発、反消費税増税も実質はこちら側になっていると思う)

 こっちの方がはるかに、重要なカテゴリわけを示している。そしてまさに今の日本の岐路を示している。
 つまりは、今の政治の岐路は、「1% 対 99%の対立の構図」を示しているのだ。

 だが、こっけいなのは、政治家・メディア・知識人達がそろってこれらのカテゴリを無視し、世論操作を繰り返しているおかげで、世間一般の人(99%側)は、自分の首をどんどん締めてゆく1%の政治に引きずられているという事だ。最初に違和感として話したテーマに戻ると、ネトウヨ(99%側)が、アベノミクスのような明らかに1%側を指示して、反対派をサヨクとして切り捨てている。
(まんまと政府やメディアに乗せられている。つまりは、1%側のロビイストの策にハマりまくり)
 
 ちなみに私は、反グローバリストであり、国民国家主義者という事になる。だが別に右でも左でもない。だからこそ選挙で困る。政策としては「反TPP、反原発、反消費税増税」なのだが、これを明確に政策としてやってくれるのは共産党、あとは未来の党や社会党ぐらいしかない。でも私は別に共産主義者でもないし、左翼的だと言われても正直困ってしまう・・・。そして、この困る加減が、現在はいかに国民(99%)側の利益を代弁してくれるものがないかという、この国の最大の問題である。


2013年2月10日日曜日

口を出すのが仕事だと誤解している人々

 このテーマは昔から度々考えていたことだが、たまたま最近ちまたで話題となっている体罰論と微妙に関係があるような気がしてきたので、改めて文章にしてみる。

「口を出すのが仕事だと誤解している人々」

 私が上記で訴えようとしているのは、世間一般に多い中間管理職や代表取り締まりなどの上級管理職についてである。ちなみにこういう人は大企業でも中小企業でも一定割合はいるようで、私の実際の仕事でも、「ああ、なんか勘違いしているんじゃないこの人」とたまに思う事がある。

 具体的に誰もが知っている例を挙げるのは難しいのだけど、最近でニュースを見ながらこれと同じ事を思ったのは「マクドナルド現社長の原田泳幸」についてだ。これを例題としてこのような人たちについて説明したいと思う。
 なお、いちおう誤解がないように説明しておくが、私はマクドナルドに対して特に好きでも嫌いでもなく、この幾つかの件をニュースで知った以外はあまり興味を持った事もない。だから今回記載するのは、あくまでも私が知り得た直近の事実による印象についてである。

 では、なぜマクドナルドに着目したかという所から説明すると、マクドナルドは前年から幾つかの業務改革を行っているが、それを批判する記事を多くネットで見かけてた事、そして記事をみるかぎり、批判されて当然と思われるからである。具体的には次のような改革だ。

<マクドナルドの直近業務改革>
1)店頭のメニュー廃止
2)ENJOY!60秒サービス(商品提供が60秒超えたら無料券提示というやつ)

 上記1)と2)はネットで色々と批判を浴びているので知っている人も多いと思う。細かい説明は省略するが、私がこの件で注目して、また疑問に思っていたのは「そもそもこの改革は誰のメリットになるの?」という事だ。
 上記の2つともユーザーには評価を得られていない。具体的には、メニューがなくて注文に困ったとか、60秒サービスで雜になった商品(例えばぐちゃぐちゃになったバーガ商品)が出てきたといった不満が多い。また同時に店舗側でも客の不満に対応せざるを得なくなり、また作業負荷が高まって大変だというのは容易に推測できる。

 ぶっちゃけ言うと「誰の得にもなってないような事をなんで始めたの?」とツッコミを入れたいことしきりだ。つまり、普通にうまく言っていた事に対して、上からよけいなチャチャを入れて駄目にしたもっとも解りやすい例なのだ。

 では何故に原田社長はこんなよけいな事をさせたのか?(あるいは管理職のだれが、こんなよけいな企画を提案したのか?)だが、なんとなく推測はつく。

 中級もしくは上級管理職というものは、はっきりいって普段下から見れば何をやっているか解らない人たちである。下っ端社員からすればあまり話をする機会もないして仕事している風景も見る事はない。そしてそういう人たちが陥りやすい過ちの一つが、「とにかく部下の仕事に口を挟む事が自分の役割である」という誤解を生むことである。おそらく原田社長はこういう、やってはいけない口を挟んでしまったのだと思う。

 もともと管理職というのは、多くの人からみて客観的に何やっているのか解らない仕事であり。問われるのは結果のみである。だがなんとなく仕事をしているように見せかけたい為に、なんかしないといけないと思い込み、結果としては部下によけいな口を挟んでしまうと言う事も多くあるのではないだろうか。

 もしもこの記事を見ている人がサラリーマンならば、容易にこのような人たちを思いつくのではないだろうか? 別に順風満帆にうまくいっているプロジェクトなのに、上司がつまらないチャチャをいれて困るという事が。例えば、次のようなものだ。
・とにかくどうでもいい事まで報告書を要求する
・うまくいっている事に口を挟んでやり方を変えさせる

 ちなみに私も中間管理職だったこともあるし、プロジェクトマネージャーをする事もあるのでこういった事を要求したくなる気持ちも少しだけわかる。ただ私の場合はだいたい、口を挟みたくなるのをぐっと我慢してすませる事にしている。
 問題が生じる、生じそうだというのならば、口を挟み一緒に問題解決をするのは当然である。だが、問題が起きてない事に口を挟んでよけいな報告をさせたり、手順を変えさせてよけいな負担を生じさせてはいけない。だからついつい口を挟んでしまいそうになるのを、ぐっと我慢して黙る事にしてきた事が多かった。そして概ねそう言ったプロジェクトは良い結果になった。
(口出さない方が、やっている部下とか本人も自分でやった事に自身を持ったりとかマインド面でも良かったしね)

 しかしこういった地味な問題が世間では多くて、けっこう無駄な労力を使っている事が多い。ちなみにマクドナルドは結構売上が下がったようなので、こういう口を挟みたいだけのよけいな改革のツケは大きかったと思う。

 もっと大きな目で見れば、似たような例はいくつも見つかる。例えば、教育委員会が学校によけいな口をだして、現場教師に読みもしないようなレポートを提出して疲弊させているとかもそうだ。そして最近問題になっている体罰教師も相当するかもしれない。
 現場の教師からすると体罰に効果があるかどうかは解らないが、回りから何か仕事しているように見せないといけない為に、あえて体罰をやってしまった的な部分もあるのではないだろうか?
(案外とそういう学校や教師は多いのではないかと思う)

 管理職(マネージャー)の本来の役割は、軍隊で言えば軍師や参謀にあたる事だと思う。作戦をたて、明確な指示をだし、そしてあとは見守る事である。軍師がのんびりしているのは良い事で、作戦が滞り無く行われているという事だ。
 本来はそうなのだが、多くの組織ではなんとなく、残業しているとか忙しそうにしているとか意味なく動き回っている事を仕事をしていると勘違いしている事があまりにも多いように思う。私の経験からすれば、そういう上司はだいたい無能だ、あるいは仕事をはき違えている。

 もっとシンプルにメッセージ化するならば、次のようになる。

「あなたの仕事はパフォーマンスをする事ではなく、結果を出す事だ」

 余計な誤解がなくなれば、本来のもっと適切な事が滞り無く行われて、WIN-WINな結果が出せる機会は多いと思う。

 以上、どうもうまくオチをまとめられないが、ふと思った事を書いてみました。


2013年2月2日土曜日

仮想経済と実態経済


 EUしかり、アメリカしかり、アベノミクスしかり。世界的な経済の問題のなかで、各国の対応や対象は細かい所では違いがあるものの、大きく見ればだいたい同じような事をしているような気がする。つまりは、対応方法は違っても前提となる現状認識が概ね同じだという事なのだろう。
 
 彼らが考える前提事項というものを言葉にするならば、概ね次のようになるだろう。
・我々は永遠に経済成長をし続ける義務がある。
・そして経済成長には終わりが無く、方法を選べば永遠に可能なはずだ。
・ただし実態経済を動かすのは困難な状況にある。
・だから金融パラメータを調整して、世界を思うままに誘導する。

 経済学者ならばもっと小難しい言葉と数字で同じ事を言うだろうが、やや乱暴に要約すると概ね上記と同じような事になるだろう。

 しかし私はこの前提事項について疑念がある。上記のような話を聞かされても、冷静に考えた世界の実態とはどうしても一致していないように感じる。私が感じる世界の現状は次のようなものだ。

・世界経済は飽和しつつある。成長しているように見えるのは金融などの仮想(バーチャル)な場所のみの話である。
・金融中心の経済政策を仮に「仮想経済」というならば、それはすでに実態経済と大きくかけ離れてしまった。
・飽和しつつある世界では先進国が永遠に経済成長する事はない。またする必要もない。
・貧富の差が拡大したおかげで、世界のマーケット全体が結果として縮小した。需要の無い世界では実態経済が成長しようがない。

 私の目には現在の経済政策というのは仮想経済(バーチャルゲーム)という空想と現実をごっちゃにした、ごまかしと妄想の産物にしか思えない。解らないのは、彼らが意図的に「それを行うのか」どうかという部分だ。全員がどうかは解らないが、意図的に行われている部分も多いと感じる。
 仮想経済をいかに進化させても、それで潤うのは仮想世界の住人だけである。一般人に富がおりてくる事もなければ、貧富の差が無くなる事はない。現在行われているのは「ただの仮想経済バブル」である。一般人は分け前には預かれないが、バブルが弾けたあとのツケは押し付けられる。

 もういい加減に、多くの人も気づくべきだと思う。そして自分の頭で考えるべきだ。

 アベノミクスを例にとれば、それはおそらく成功しない。最悪の場合はバブルとなっておおきく国家が弾けるだけとなるだろう。必要なのは、「円が安くなる事」ではなく「通貨があまりぶれずに安定する事である」。そしてGDPが上がる事ではなく、貧富の差が減少して1億人の国民をちゃんと食わせられるかどうかということである。

 彼らはバーチャルな数字に固執しつづけ、そして身近で死んでゆくであろう多くの人をただ見捨てている。しかし皮肉な事に、ネット上でも安倍総理を支持する声はおおく、批判的な意見は少数のようだ。テクノロジーがこれだけ進化しても、それでも多くの人は賢くはならなかったという事なのかもしれない。でも、それでは世の中は良くなりようがないな。