2012年8月19日日曜日

「貧乏人の経済学」について

 「貧乏人の経済学/みすず書房」を手に取ったきっかけは、たまたまネットで紹介されているのを見た事、それと私自身がずっと経済学というものに疑念を持ち続けていたからである。
 経済学や経済論争についての疑念というのは、主に次のようなものを感じている。
  • グローバル化や新自由主義の単純化されたモデルについての疑い
  • 金融工学に代表される、金融至上主義とでもいうべきスタンスへの反論
  • メディアで喧伝される経済論争というのは、レトリックだけで中身の無い物ではないかという思う
 これらは、ずっと長い間おかしいと思っているのだが、私自身は経済に特に詳しいわけではないし、じゃあグローバル化に変わるモデルは何なのと聞かれても、うまく答えられない。
(本当はこういう根本的な議論や研究を行うのが、経済学者の仕事だと思うのだが、メディアに登場する学者は、新自由主義の信者で自分の考え以外をまったく認めようとしない人が多いので、呪文のような同じような話ばかりをきかされる事になる)
 そういった想いがあって、この貧乏人の経済学という本を取ってみた。しかしこの本は別に期待していたグローバル化の話はほとんど実は出てこない、だが予想外の色々な事柄を考えさせられるとても良い本だった。

 本のテーマは世界の貧困問題、例えばアフリカであったりアジアの貧困層へどう支援をするか、どうアプローチすれば貧困を改善できるかの調査結果の集大成である。ただし世間一般に流布されているような経済書と一線を画すのは、これは理念だけの話ではなく、大本の経済理論〜現地政府〜現場の支援者〜貧困層の人々までの、ようは全体を細かく実際に調査したデータを示して、分析している事である。単に空論を述べているわけではなく、現場の実際をこまかく調査した、それに対する具体的な所見を述べたものだ。

 この調査や示唆に富んだ分析は、とても素晴らしくて私にとっても新鮮で驚きに満ちたものだ。例えば本書の始めに、まず議論される「飢えに関する誤解」というものも聞いて初めて解る意外なものだった。多くの人は私と同様に、例えばインドネシアの貧困層では饑餓で死ぬ人が多くあり、こういった国の経済を立て直すには、まず彼らに十分食べさせる事から始まると思っている人が多いと思う。しかし本書の調査では、実際に貧しい人に食料援助をしてもそれが彼らの生活向上に結びついていないという結果が紹介されている。彼らは確かに十分な栄養を取ってないが、障害となっているのは食事の不足ではなく、例えば衛生面の問題や、仕事の問題、保険がない事による問題などによって貧困層から抜け出せなくなっているというものだ。
 そして政府や支援団体が色々やるが、単に物を与えればうまくいくわけではなく、現場で細かい手順や試行錯誤を繰り返して、なんとか改善しようとする試みがとても重要だという事が調査のなかから見えてくるのである。

 本書のすばらしさは、ここで記された情報ではなく、トータルコーディネイトともいえる調査や思考、口先ではなく実際に調べて現場で考えるという発想と行動についてである。ちなみにこれと同様の事柄で過去に感銘を受けたのは、畑村洋太郎の「失敗学」「危険学」などの書籍を読んだときの事だ。危険学の素晴らしさは、理論だけではなく実際に現場で調べその文化的な経緯やルーツなども含めて検討し調査する、その結果でやっと問題の本質が見えてくるというのが実地で示されているからだ。

 私がメディアで流布されるような経済学者に対して常に疑念を感じるのは、こういった本書で示されるような実際に現場を調査してその背景までを視野にいれた考察が欠けているからである。大部分はエリートが考えた机上の空論の域を出ていない物ばかりだ。

 しかし本書を読んで考えされられたのは、これは後進国での貧困問題に対する研究の書であるが、実際に日本で広がりつつある貧困の問題についても、多くの示唆を与えてくれるようにも思えた。

 例えば本書では、貧困対策がうまくいかないのは、「政府の問題」か「政策の問題」なのか? 例えば民主化が少ないからうまくいかないのか? 大きな変革をしないと対応できないものなにか、そうではないのかという議論が何度も繰り返される。そして、その答えはどちらでもないという結論へと辿り着く。たしかに政府や民主化などのイデオロギーの問題は大きな障害になりうる。ただし現場で出来る事は沢山あり、同じ政策でも工夫してやるのと垂れ流し的にやるのとでは結果が大きく変わるという事が示されている。

 これらは日本であっても、十分に考えるべき重要なテーマだ。例えば経済政策の一つを取ったとしても、問題の根本は理念ではなく、現場に対する無知や無関心、また結果を評価するという地道な努力の欠如ではないのではないか? 同じ政策であっても、もっとちゃんとしたやり方があるのではないか? という点だ。

 個人的には、日本で最近問題になった生活保護と貧困の問題についても、本書で記されていた研究結果に大きなヒントがあるような気がする。この本は色々な示唆に富む、久々にあった良い内容の本だった。貧困には興味のない人でも、是非読んでみて欲しい本である。

2012年8月18日土曜日

新しいパートナー(人口知能による政治参加)

 3.11以降、多くの問題が顕在化して加速する日本の政治や社会状況をみていると、最近は「そもそも人間に妥当な政治は無理なのかな・・・(特に日本人には)」と思うようになった。

 こう考える事自体が問題なのかもしれないが、正直にそう思えるのだからしょうがない面もある。そう考えているうちに、ふと頭に浮かんだのが、人工知能を作って政治に参加させたらどうなるか? どのようなフォローが出来るだろうかという空想だ。

 ここで誤解が内容に述べるが、別に私は人間に悲観しきって、全ての政治権限を人工知能に任せようと思っているわけではない。そうではなくて、人間の政策や行動を評価する冷静な第三者として人工知能を使えばいいのではないかという事だ。簡単な例では、現在の国会にもう一つ人工知能による院をつくって、3院制度に変更する。
 3院(人工知能)は、多種多様なアルゴリズムや評価方法をそなえ、政策のシュミレーションや新たな提案だけを行うものとする。あくまでも決定は人間の参議院・衆議院が行う。こうやって評価や政策が可視化されたり、明確化されれば、あまりにも馬鹿げた政策や説明(聞いてて恥ずかしくなるような)は減らせそうな気がする。少なくとも、我々が選択されなかった選択肢を知ったり評価できるようになるのではないかと思う。

 この考えとドラマを、マインドマップで書いてみた。やろうと思えば、現在の技術でもある程度は可能だと思うし、そういった試みや実験があっても良いのではないだろうか?(ひょっとしたらアメリカあたりでは研究あるかもね)

参考リンク: