2011年5月29日日曜日

外部被爆/内部被爆と放射線基準値について

●はじめに
 ここしばらくは原発に関する話題を書いてきたが、実際に問題となる被爆限度や計測される基準についてはメディアや専門家の見解相違もあり、私自身も混乱するところが多くあった。この為に今回は頭の整理もかねて、自分自身できちんと科学的な見解を整理してまとめる事とした。そしてまとめた数字の上にもういちど私自身の見解の整理も行った。

 なおこの記事は、極力客観的な情報を信頼できそうなソースからまとめようと努力したが、放射線基準や考え方などは基準が作られた歴史的な経緯を考慮にいれなければ説明できないような部分もあり、こういった部分は資料を読み取った内容をなるべく簡潔にまとめた。これは一見すると科学的ではない態度にみえるかもしれない。私自身も多少の気持ち悪さを感じた。
 
 しかし過去の死者数に対するECCRとICRPの解釈の違いのように、国際政治が隠ぺいしてきたり、基準を作った組織に都合のよいような解釈がされてきたり、解釈には幾分かの歴史や政治が実際にはからんでいる。その中には日本の原爆被害もあり、むしろそこから始まったのだろう。私が短い間で見聞きしたのはほんの一部だと思うが、理解の参考になりそうな部分については私自身のコメントも載せてみた。


●放射線被爆基準、ICRP、ECRRの違い
 ニュースなどでさんざん目にした20ミリシーベルトなどの放射線被爆限度。日本はアメリカと同様でICRPをベースとしているが、欧州ではECCRをベースにしている。ICRPは基準が緩いのでこの点で日本と外国での危機に対する温度差がでている。ちなみに現在の日本は福島事故以降で基準が引き上げられたのでICRPの20倍といった異常な基準になっている。
  • ICRP=国際放射線防護委員会
  • ECCR=放射線リスクに関する欧州委員会
  • 日本(現在)=福島原発事故以降の基準



注1)過去の死者数
  1945年以降の原子力事業が引き起こした全ての死者数をECCR側が比較用に計算し直した数値(ガン死亡者数を基準としている) ECCRは内部被爆を考慮しているので死亡数がICRPより圧倒的に多い。これは直接放射の影響よりも、むしろ内部被爆に対する認識の違いと考えるべき。

注2)低線量被爆に対する認識
ここは私の解釈で記載。ICRPは1mSv以下はほぼ無視できるものと認識している。ただし世界的なトレンドとしては低線量だと被害ゼロではなく、応じて可能性は残るとしている。つまり少ない量なら少ないなりにガンリスクなどはあると言われている。ちなみに日本の御用学者は「安全安心の被害ゼロ」といった吹聴しているような状態なので省略した。

注3)内部被爆に対する認識
ICRPは元々内部被爆をあまり想定してい。モデルが単純化されていて、放射線を外部照射された単純時間計算で被害を割り出している。ようは物理実験的な見地での見解であり、内部に取り込まれた場合に臓器にどのような影響がでるかといった医学的な見地では語られてない。

・ICRP補足)放射線作業に従事する作業者(以下「作業者」という)に対する線量限度は、任意の5年間の平均で年あたり20mSv、すなわち100mSv/5年であるが、5年のうちのどの一年をとっても50mSvを超えてはいけないという条件が付与されている。

<コメント>
あらためて整理してみると、日本の現状がいかに異常かというのがわかる。もともと「20mSv/年」は放射線作業者の想定であり、放射線作業者とは病院などのレントゲン技師や、原子炉作業員のような予め被爆が前提になるような作業者の規格である。そしてもっと重要なのは「作業者=20mSv/年」というのは内部被爆がほぼ起こらない環境での作業を想定しており、埃にまじって放射性物質が舞っている状態や、影響のうけやすい子供や妊婦などを想定していないことである。

●ニュースと各所線量計の見かたについて
ニュースやネット記事などでは線量計で測った時間単位の放射線量を見る機会も多いので、それぞれが許容する数値をまとめてみた。ようするに「これを超えると危険」というデッドラインの数字である。






・ICRP:1mSv/年基準で考えた場合の、1時間あたり上限値=0.12μSv/h(0.19μSv/h)
算出の仕方は「1mSv/年」を時間に割戻した数値(0.12μSv/hを24時間×365日)。ちなみに文部省や東京都いわく「屋外に8時間、木造家屋内(低減効果0.4)に16時間で見積もると「0.19μSv/h」となる。(低減効果0.4という考え方が妥当かどうかは微妙だが参考に記載しておく)

<コメント>
これは単純に放射線を受けてはいけないという数字を時間単位になおしたものである。ただしもっとも危険なのは内部被爆なので、あくまでも参考値なのだと思う。しかしこの計測の仕方にも問題があって、どこでどう測るかによって数値がことなる。

1)日本政府、文部省など
空間線量、地上1.5m、もしくは地上10m以上などで、地面や地質の放射線ではない例が大部分と思われる。(おそらく特に説明が無い場合は地面と離れた空間線量を示している)

2)IAEA(国際原子力機関)
地表で測るの基本。問題となるのは地質汚染だという認識。

これ以外にも、放射性物質は土に付着し、水には沈み、コンクリート上では雨などに洗い流される。もっとも危険なのは内部被爆なので場所やケースを考慮すべきである。空間で測ってOKというのはむしろかなり甘い基準であり、本来は厳しめに地面や水などの累積を考慮した値や、実際に食物に混入される可能性を考慮するべき。


●内部被爆について
内部被爆については「矢ヶ崎克馬氏(琉球大学名誉教授)」の話を参考とした。他にも実際にチェルノブイリでボランティア活動をしている日本人(野呂美加氏)の体験談を合わせて聞いたおかげで、ようやく頭のなかで噛み合ってイメージができた。内部被爆については単純に数字で測れない、おそらく科学的にもまだ影響を証明しにくい部分だと思われる。だがあえて「矢ヶ崎克馬氏」の話を私が理解できたレベルでまとめてみた。

放射線にはそもそも下記の2タイプあり、波長の違いにより放射線の飛距離が異なる。
  • ガンマ線、長い距離飛ぶ(数メートル以上)
  • ベータ・アルファ線=4cm程度の短い距離しか飛ばない
一見すると長距離届くガンマ線の方が有害に思えるが、実際には短いベータ・アルファ線の方が人体へ与える影響が大きい。これは長距離を弱い力で発散するガンマ線に対して、ベータ・アルファ線は短距離で全エネルギー(大きなエネルギー量)を出し、結果としては物質に対する影響力が強い為である。これは想像しにくいので、強引に例えると次のようなイメージとなる。
  • ガンマ―線は長距離飛ぶが人体への影響がすくない。  (イメージとしては超極細の針で貫かれるようなもの)
  • ベータ・アルファ線は短距離だが人体への影響が大きい。(イメージとしては近くでショットガンを打たれるようなもの)
細い針でさされた場合は範囲が極小なので細胞内へのダメージも少なく、修復がしやすい。ショットガンで打たれたようなものは体内でのダメージ範囲が大きくて修復しにくい。実際は細胞内のDNAが破壊~修復する過程で問題がでるのだが、ダメージが広いほどDNAが誤って修復される率が増加してガンを引き起こす確率が増える。(イメージを例えるのは難しいが)

重要なのはここから導かれる次のポイントである。

「空間線量(地上1.5m)」が小さいから安全ではない。重要なのは食物や水からくる内部被爆である。よって問題は環境(土や水)の汚染である。(計測すべきは土や水)

<補足>
ICRPや日本で内部被爆が軽視されるのは、原爆以後の政治的な流れも歴史の背景にある。ICRPは元々アメリカが作った基準だが、これは広島・長崎の原爆投下のデータを元に作り上げたものだ。実際の原爆データを元に作ったならばこれは正確ではないかと一般人は思うかもしれない。しかし実態は、アメリカの立場で被爆被害は少なかったという事を証明する為に使われてきた。調査の過程で食物などによる内部被爆のデータは多く除外されたようである。

<「野呂美加氏」の講演より>
野呂美加氏の講演を動画で見たが、実際に体験したリアルな話は非常に参考になった。私が特に印象に残ったエピソードをピックアップしてみた。
  • 遠く離れた場所の方が内部被爆が酷い例があった。これは遠くへ飛ぶ(粒子が小さく飛びやすい状態)放射性物質の方が、植物などに取り込まれれやすいからだ。
  • ガンにならなくても子供健康被害は色々な形であらわれる。壊れたDNA修復に体内で余分なエネルギーを使うのでとても疲れやすい、老化が早いなど。
<コメント>
こう書いてはみたが、それでも私はこの内部被爆の危険さをうまく表現できていないと思う。だから多くの人には、内部被爆やチェルノブイリについて語る動画などを自分で見て欲しい。文字や数字だけでは伝えるのに限りがある。実際にその場をイメージ(想像)できなければいけない。

ここで福島事故の現状と比較してみよう。福島では食物の汚染基準が大幅に引き挙げられている。(「世界もおどろく日本の基準値2000ベクレル」が解り易かった) 数字によっては100倍以上だったりして、外国からみれば正気の沙汰と思えないだろう。この汚染された食物が流通し、拒否すれば風評被害だ差別だといわれている。そして福島では子供の給食に使われている。

私は原発反対の立場であるが、「原発を推進する/しない」いずれにかかわらず、この内部被爆を止めるという事だけは全ての人が同意をしてほしい。これは誤魔化したり隠ぺいしたりできるレベルの問題ではない。おそらく平均寿命も下がってゆくだろうし、子供の死亡率もあがるだろう、そして病人だらけになってゆくかもしれない。もしも基準を変えないならば、日本人は国土を捨てて海外へ移住してゆくべきだと考える。


●まとめ
いままでは危険だとTwitterでコメントしていも、どうしても感覚的な部分があった。そして整理しなおしてみると「感覚的に思っていた以上に危険だ」ということが解った。(始めは整理するとちょっと安心するかな・・・と思っていたのだけど、逆だった・・・) なんせECCR基準だと東京もだめなるような状態だ。外国人が日本にこないのは正しい判断だ。

私はずっと政府やマスコミの隠ぺいに対して腹も立って非難もしてきたが、本当はかれらにちゃんとして欲しいだけである。隠すのではなく、公開したうえで問題と本質的に向き合って欲しかった。例えば、次のような現実的な議論をして欲しかった。
  • 汚染地帯の住人を移住させるべき。汚染地帯に対して無駄な復旧はしない。(人が住めない地帯に復旧など意味が無い)
  • 移住や疎開させることが困難ならば、食糧や水をすべて汚染地域外から搬入する。
  • 安全な食料確保が難しいならば、こどもの分を優先させる。
  • 汚染地帯ではなるべく内部被爆をさけるように、外出しないようにする。学校などならクーラーなどを全て設置するなど。
経済が保証がなどというが、現実に向き合わなければさらに事態は悪くなる。政府はパニックを避けたという。だが私は本当にパニックになっているのは彼らだとおもう。子供まで適用される20mSvを引き下げようと多くの人がデモをしている。デモを行っている人達の行動は現実的で妥当だし、本来あるべき姿だ。

特に最近みた記事では「福島みずほ症候群」(つまりは女の過敏なヒステリー)的な事を書いている某知識人もいた。100mSvまで安全だという学者もいた。本当にそう思っているならば、これは迷信よりも酷い現実錯誤である。やむを得ずそうしているならば、彼らの方がパニック(恐れて正しい判断ができていない)になっていると言えるだろう。

<参考>
・ICRP勧告の経緯と問題 そして アラーラ

・ICRP勧告(1990年)による個人の線量限度の考え

・ECRR リスクモデルと福島からの放射線

・依然として最大の脅威は内部被曝のリスク/矢ヶ崎克馬氏(琉球大学名誉教授)

・被曝と健康に関するリンク集 ② ~標準 ~
・ECRR 欧州放射線リスク委員会2003年勧告 放射線防護のための低線量電離放射線被曝の健康影響 実行すべき結論(Executive Summary)

・世界もおどろく日本の基準値2000ベクレル

・野呂美加さんの講演会① 

2011年5月21日土曜日

無知の罪について語る

 福島原発の事故があって今まで、ようやく原発にかかわる色々な問題を知って、反原発という考えに至った。この2カ月間にて本当に何十年分も考えされられたような気がする。情報が無く先が見えないもどかしさ。次々と明らかになってくる誤魔化しや問題だらけの構図に対する驚き。巨大な誤魔化しと罪深さによる怒り。そしてこれだけの悲劇と危機が続く中でも、いっこうに良い方向へと進まない事態への絶望感。そして無知だった自分に対する情けなさ。まさに色々な想いや考えが自分の中を通過していったように感じる。

 タイトルは「無知の罪」とした。これはずっと昔から、度々頭の中をよぎる疑問だった。そして今は特にこの言葉が頭から離れない。だから結論のないままに、いまの私の考えを記してみたいと思う。どこから初めてよいか、どこで止めていいかも解らない話なので、始まりから話して終わりが来れば止める。


●東電社員のブログが炎上、東電は悪くない?
 参考として挙げた記事で似たようなものもたくさんあった。これらはもう十分に炎上しただろうし、私が追加で東電社員に罵倒を浴びせる必要もない。それでもここで取り上げたのは、そもそも論点がずれていると、ずっと感じていたからだ。

 まず私自身の考えを述べれば、東電の上層部についてはこの事故に対して「戦犯」ともいうべき罪はあると考えている。だが今の福島原発の現地で格闘している人達(社員、下請け多数かもしれないが)に対しては、この状況でよくぞ爆発を食い止めているというだけでも、そして逃げずに立ち止まっているだけだとしても、十分に尊敬や敬意を払うに値する事をしているのだと考えている。だが、いくら現場の働きが現在尊いからといっても、東電が犯してきた罪には変わりはないだろう。

 そして問題となったブログの社員は、まさに無知の罪なのか、想像力の無さともいうべき事だと思ってきた。それについて述べたい。だいたい炎上記事になった時点でブログは閉鎖されているので、本人の社員に語りかける事はできない。だが、もしも可能であれば私は次のように言いたかった。

<東電社員への問いかけ>
 私たちは東電社員の全てに対して等しく罪にあるとは思っていない。だが東電として犯してきた罪は途方もなく大きい。あなた(東電社員)は加害者であると同時に、被害者の一人であるのだろう。もしも福島事故が沈静できずに被害が広がり、そしてあなたの親しい人や家族が亡くなったとしたらどう考えるだろう。

 それを仕方がないとなっとくできるだろうか? もしも東電社長があるいは会長でもよいが、それがあなたのそばにやってきて、次のように語ったらどう思うだろう。

 「ごめんごめん、仕方なかったんだよ。別に悪気無かったしね」

 「東電がさぼっていたみたいに色々いわれるけど、全てが国で決めたことだからこっちは問題ないよ」

 「手抜きみたいに言われるけど、ずっと続いてきた事だから、私たちがとりわけ悪い事をしたわけではないのだよ」

 「多くの人間を被爆させたけど、こっちは国や官僚の言う通りやってきたから、別に取立てて悪く言われるいわれもないよ」

 あなたは、こういった言葉を聞いて納得できるだろうか? それでも東電は悪くないと思えるだろうか? 


 もしも可能ならば、私はこう聞きたかった。この東電社員のように人達をどう呼べばいいのだろうか? 悪人や罪人と呼ぶのは違うような気がする。ただし彼らは圧倒的に
「無知であり」そして「想像力にかけている」とは言えるだろう。


●風評被害防止として福島産の野菜が学校給食に使われる件
 参考にした記事以外にもたくさんの記事を見た。とくに福島県内の学校でこのような事が行われているらしい。はっきり言っておくが、これは風評被害ではなく安全デマの問題であり、政府の情報隠ぺいが問題の本質なのだ。

 だが学校関係者は国や県の指示どおりだとして、生徒に給食をたべさせているという。これは「無知」なのだろうか? それもあるだろう。情報が錯綜して、本当の危険度などはなかなか解りはしない。今後もかわらないだろう。

 「私は言われたとおりにやりました」

 そういった言葉だけで終わるのだろうか? 常にそれしか我々は語ることができないのだろうか? 

 自分の意見も意思もなく、ただ言われたとおりにするだけだ。それは、はたして人と言えるのか「人のかたちをした物」ではないのか?

 これらは「無知」であ、「無関心の罪」というべきものではないのかと思う。そしてそれを認めてしまうのが、「想像力の不足」ではないのかと考える。何故ならば彼らはおそらく自分の行為の重さを理解できてないのだろうからだ。


●映画「ザジ」より、「沈黙は同意と同じだ」
 この映画は解釈が難しいので私はコメントしない。なかでも次の2つのセリフがずっと頭に残っている。

 「沈黙は同意と同じだ」

 「ゆっくりと悪くなったものは、ゆっくりとしか良くならない」

 福島原発事故がおこるまでの経緯、原発行政や原子力産業というもの。それらを知るにほどに、「沈黙は同意と同じだ」という言葉が痛い。私はずっと原発は必要悪程度にしか思ってなかったし反論もいままでしなかった。まさに沈黙で同意を示してきた。 

 そして無知ゆえに、こういった事がらがまかり通るのを見過ごしてきた。すくなくとも反論を挙げた事は無かった。私自身は別に善人でもないし、善人になろうなどと考えた事もないが、だとしても、知らず知らずのうちに、こういった巨大な闇が育ってゆくのを見過ごしてきた事については正直ショックだった。


●無知は罪なのか?
 「無知は罪ではない」

 あるひとはそう言うだろう。

 だが「無知であることが」これほどの災害や悲劇を引き起こすのならば、既に目の当たりにしてしまった今では・・・私にはもう言えない。

 「無知は罪である」

 「無関心は認めたことと同じだ」

 そして我々はもう目を閉じることができなくなった。

 「みんながやっているから」

 「ずっとこうしてきたから」

 こういった答えを今まで何回も聞いた。実社会でも何度かあったし、現在のマスメディアでは特にこういうサインを読み取る。そして至る所にあるだろう。どうしてそれらを見過ごしてきたのだろう。たいていは「臆病風」に吹かれたからだ。あるいは面倒だったからというのも理由かもしれない。

 しかしそういった自分の周りの出来事に対する延長線上に、こういった悲劇がみえるのならば、そられを忘れる事は難しい。これが近代社会というものなのかもしれない。縦横無尽に世界は繋がってしまった。私にまったく関係のないと言える事は少なくなってしまった。いいとか悪いではなく、認める認めないではなく、これが現実だ。もう無知という言い訳は通用しなくなった。


●終わりに
 ここからどうすれば良いのか、私には正直わからない。だが少なくとも迷わぬように、自分の考えを記しておく。 


追伸:
・映画「東京原発」を通してみたけど面白かった。いまの知識だと余裕で映画の内容が楽しめる。多くの人にみてもらいたい。この映画といまの福島原発の状況を調べてもらえれば、現在進行中の多くの課題が理解できるだろう。


<参考>
・元東京電力社員の女性「報道に腹が立つ。なぜ東電が叩かれる? 東電は悪くない」

・横浜市が給食に福島産を使用。何でそんなに子供を被曝させたいんだ! | もにぽブログ (福島原発問題・放射線物質・放射能・放射線量 全国 予測 グラフ)

・映画「ザジ」

最後のオチはアメリカへ

 「内田樹の研究室」を見ていて、なるほど、とようやく頭の中で繋がったような気がしたので少し記載します。

 私自身、福島原発事故と原発推進について事態と対処方法がなかなか良い方向へ進まないのが気になっていました。事態がよくならないのはともかく、対処方法や今後の方向性を見ていると、正直そっちの方が頭が痛くて、「そもそも日本人に国家主権を維持する能力も資格もないのではないか?」とすら考えるようになりました。それゆえに、日本の政治を国内から動かすのは難しく、手段を選ばずに事態を動かそうと思うならば、アメリカを動かすしかないのではないかと考えていました。

 この事を強く感じるきっかけは「浜岡原発停止の裏でアメリカの要請があったという件」「福島で汚染水を海へ流したのはアメリカの指示だった」の2つの件です。2つとも政府は正式には認めないでしょうが、概ねありそうな事で、そう考えれば全部繋がります。こういった経緯もあったので、もはや日本国内でどうこうするよりは、世界、特にアメリカを動かすべきような世論が起こすような方法はないのだろうかと考えていました。例えば・・・
  • オバマに嘆願書出す(オバマダメなら共和党にネガティブキャンペーン張ってもらうとか)
  • マイケル・ムーアにメールして、日本の現状を映画にしてもらう(十分ネタになるだろう)
 といった事も考えないといけないのかなとか考えてました。(多分ここ笑うところ) 

 そこでちょうど「脱原発の理路」を読んだのですが、今後のアメリカの動きを考えれば・・・ 基本的には反原発~日本で廃炉ビジネス推進という流れになるのではないかという事でした。私も読んでみて「ああ、なるほど」と思ったのですが、これは確かに一番うまくまとまりそうなシナリオです。これならば、結果として日本も少しはいい方向へいけるかもと期待ができます。

 本来であれば「アメリカの属国になって!!」と怒るところかもしれませんが、正直いまの状況(政府・官僚・財界・マスコミ・・・)ならばアメリカの属国の方がましだと思います。(私は本当はあんまりアメリカ好きじゃないし、支持もしないのだけど)

 「ローマが滅びたのは,その前にローマ人が死に絶えたからだ」と塩野七海は書いたそうだ。ずっとこの言葉が私の頭にひっかっている。私自身も「既に日本人は死に絶えた」のではないかと思う。もうこの「日本国」という土地も国家にもあまり意味はないのかもしれない。そろそろこの国に住む人達も、本格的に世界へ出てゆく時がきたのかもしれない。

<参考>
・脱原発の理路 /内田樹の研究室

2011年5月17日火曜日

備忘録「福島原発事故における最悪のシナリオ」

●はじめに
 福島原発事故から2カ月もった。事態はあまり改善されてないが当面の危機は薄れたようだ。問題は大量にあるのだろう、だが予断が許さない事態が続く事には疲れてしまった。そこで今回は、私が想像(妄想)してきた最悪のシナリオをドキュメントに記述し、いったん頭の中をリセット(整理)する事にしました。

 ちなみに私は学者でもないし、情報通でもないので、おそらく考えてきた事項には誤解や勘違いも多いと思います。まあ、それはそれで、数年後に見て「あの時はパニクっていて、馬鹿な事をかんがえていたな」と笑い話になればよいと思います。だから馬鹿げた空想も含めて、なるだけ忠実に妄想してきた事を記載してみます。

 手順としては時系列に的に記載してゆき、考えや想像の変節や経緯などについても、自己整理をしてみます。
(注:これはあくまでフィクションで、別に危機を煽るような意図はありません)


●震災直後>2011/03/11~
 震災直後にまず考えていた事。それは東北地方で起こった地震なので少なくとも阪神大震災よりは死傷者は少ないのだろうという事だった。そして後から津波被害の酷さに驚いた。しかし最初に気になったのは、やはり原発事故のニュースだった。しかし直後は気にはなっていたものの、ろくな情報がTVでもネットでも見つからず、事態の全体像が見えない事に、とにかくいらだったのている。

 同時に「左から右へと」ただ情報を垂れ流す事しかできない、マスコミにはかなり腹がたったのを覚えている。細かい話よりも全体像と、今後の見通しが知りたかったが、そういった記事は知る限りなくて、しばらくたってもっともましだと思ったのはGoogleの「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)」だった。だがその時にも、なんとなく国内でちゃんとした情報が出ない、出せない事に対して、ちょっと情けないように思ったのを覚えている。

 最初の数日はTVでダラダラと中身のない放送(左から右へ垂れ流しだけ)で腹がたったのだが、しばらくすると今度はほとんど震災や原発の記事が出なくなった。これを見ていて本当に日本のマスコミは馬鹿なのか、それとも視聴者を馬鹿にしているのかどっちかなのだろうと思った。ネットでは災害支援が行き詰まっている事や、政治が機能していない事について声があがっている時期で、本来ならばマスコミでは定期的にでも「政治に期待するアクション」や「交通機関の復旧状況」とか「ボランティアする際に必要な情報」といった、もうちょっと前向きな記事やインタビューなどをすればよいのにと思っていた。

 始めの頃に思っていたのは、とにかくマスコミに腹がたった事だったようだ。そして原発事故に対する記事が出ないので、おかしいなと思い始めた。


●疑念>2011/03/21~
 始めの頃、私はTwitterは使ってなかったので、原発の情報(ロードマップなど)が出ない事について不信感は持っていたが、危機感はそれほど持ってなかったように思う。だがネット情報では、福島事故の状況が悪く、最悪の事態になれば放射能汚染が関西から北海道レベルまで広がるだろうという話題も一部にはあった。

 始めは私も、その最悪情報には半信半疑で、ちょっと大げさすぎるのではないかと考えた。しかし少し真面目に調べようと思い、Twitterを使ったり、ネット上で記事を調べたりしているうちに、必ずしも誇張では無いのではないかと考えるようになった。それは以下の事項によってである。
  • チェルノブイリの発電規模は「100万kW」、福島原発の1~3号機の合計は「200万kW」
  • 福島原発は稼働期間が長いので大量の核廃棄物もあるので、放出が危惧される核物質はチェルノブイリの10倍程度
  • チェルノブイリ事故では300キロ程度離れた場所でも高被爆地帯あり、どこが被爆するかは天候しだい
  • 福島原発では海水をかけて冷却中だが、海外メディアでは前例がない事態として驚いたという記事
  • 日本の避難区域は20キロだが、米軍は80キロまで退避行動
 最終的に考えたのは、そもそもこれは世界的に前例がない事態である。故に過去の常識は通用しないだろうという事だった。だから最悪の想定としては、チェルノブイリの10倍規模の放射性物質が数百キロ圏内に降り注ぐ事態であり、世界的な問題だという認識だった。
 
 この時期の福島原発は、私見ではなんとか爆発するのを必死で食い止めているという状態だった。だからこれは大変な事態だと思ったし、「震災復興計画が進まないはずだ」とも思った。政府としては、原発事故が悪化すればどれだけの規模が災害になるか解らない、そもそも福島周辺は復旧に着手してしても良いかどうかの判断すら付きかねていたのではないかと想像される。

 だがそれならば、なおの事、中途半端な被害範囲をきるよりは、もっと思い切って住人を広範囲に退避させて欲しかった。これは今でも思っているし、まだ不十分だと思う。単純な放射線量だけでなく、福島原発の状態を考えれば福島県民全体を疎開させてもよかったのではないかと今でも思う。


●この国どうなってんの?>2011/03/25~
 この頃は、原発がいつ爆発してもおかしくないと考えいた時期で、私的には一か月以内に爆発する確率は7:3と考えていた。(爆発7割) これは大げさなのかもしれないが、この時期は本当に危険だったと思っていて、直感的にはこれぐらいの危険性と認識していた。だから福島現地で爆発を食い止めているのは本当に凄いことだと思っていたし、現地で作業する人たちには敬意をもっている。だが同時に、次のような最悪なシナリオを想像もしていた。
  1. 過酷な作業環境で、なんらかの判断ミスや遅れが発生して、原発4機のいずれかが水素爆発+圧力容器が破損する。
  2. 放射能が高くなり現場で作業をする事が不可能になり、作業員全員が現場を放棄して退避。
  3. この為に他の原発も冷却できない状態となって、残り3機も同様に水素爆発等で圧力容器が破損。
  4. 結果としてはチェルノブイリの10倍規模の放射性廃棄物が撒かれる。
  5. 放射線の広がる範囲は天候次第なので不明だが、東京は少なくとも人が住めないレベル。最悪は関西圏~北海道ぐらいの間が強制退避区域となる。
 考え方として、4機の原発のうち、1機を安全に冷却停止できる確率を仮に90%とした場合でも、全てを安全に停止できる確率は0.9の4乗なので約65%となる。どの程度の製効率化は解らないが、どれだけ失敗が許されない作業かが想像できるだろう。

 では、このような最悪事態が起こった、その後はどうなるのだろうか? これはほぼ妄想だが、それでも幾つかのイメージが頭に浮かんだ。
  1. 事実上の国家壊滅。首都機能停止、国会停止~結果として日本国と言う体制を維持できない状態となる。
  2. 住民の避難不可、国外に一億人を退避させるすべなし。ここまで状況が悪いと他国の支援があっても焼け石に水。
  3. 国家主権が空白となるので北海道あたりはロシアが、九州あたりはアメリカ支配。中国とにらみあうような緊張状態になる。
 これはあくまでも空想の話だが、最後に辿り着いたのは次の情景だった。

 日本国中が放射能で汚染され、まともに人が住めない状態になる。だがそれでも日本国中で福島以外の原発は稼働しつづけている。そしてほとんで電気を使う者がいなくなっても発電が続く、もしくは核廃棄物の冷却をつづけなければいけない。だから結果として日本人は国外にでる事もゆるされず、残った原発のお守りをする・・・。
 しかもその理由はと言えば、電力会社の手抜きと、マスコミの怠慢、御用学者の出まかせ、政治家の利権、官僚のメンツなど、どれを取ってもくだらない理由による。世界史には勝手に自滅した愚かな民族の物語が載るだろう。


 ここまで想像が至ってから、私はどうしても、ほとんど無人の地帯で原発だけが稼働しているイメージが頭に浮かんでしまうようになった。核廃棄物の管理は百万年と言われるが、まさにこのような状態ではないのだろうか? それからはこの情景が頭から離れない。


 この想像(妄想)は、果たしてどこまで現実性があったのかは、今でも私にもわからない。もともと世界的に前例がない事態だから、なんでもありえたのかもしれない。ちょっと誤ればこのような事態に近づいたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 もう日本は無くなるかもしれないと想像し、難民になるかもしれないと思った。だが難民にすらなれないとも考えた。ここまで来ると結構ノイローゼ的な想像なので、正直いって夜もあまり眠れないような時もあって、かなり気も滅入っていた。同時にTVでのバラエティー番組などは、あまりにも非現実的に感じられて違和感があった。

 しかしこの想像は妄想だったとしても、現実世界はどうだ? TVで与謝野大臣の「原発はかわらずに推進する」というコメントを見たときには「狂っている」と感じた。私が狂っているのか、彼らが狂っているのか? いずれにしろ現実世界の異常さだけはリアルだ。


●小出裕章氏について>2011/04/12~
 小出裕章氏という存在をしったのはこのころからで、こういった人物がいることに驚いたし、感銘をうけた。同時にやっと正しい情報を発信してくれる人物を見つけたと思った。小出氏は危機をあおったりはしないのだが、科学者らしく、状況認識はシビアだ。だから客観的にもやはり危険な状態が続いているのは確かだった。

 そして小出氏の書籍「隠させる原子力・核の真実」やインタビュー動画などを見るにつけて、原発に対する考え方も大幅に変わった。それまで、私は原発は「必要悪だと考えていたが」、結局は「単なる悪だった」と思うようになった。かなり上手く騙されていたなというのが実感だ。

 結局のところ、原子力というのは、安全性どころか、経済性(コスト的)にも、エネルギー保証にも、環境的にも、全てにおいて合理性は無いのだという事が解った。だが本当に恐ろしいのは、この合理性がないものを推し進める者たちがいることである。しかもこのような大事故があったあとで、また大事故がまだ終息できる見込みもないのにである。

 正直、私にはいまだに原子力を推進する人たちの気がしれない。福島事故の影響は国家を破たんさせかけている。また仮に最も理想的なレベルで被害を終息できたとしても、既に多くの汚染や被爆を産んでしまっている。既に金をバラまいて記憶を消せるレベルではない。

 被災者ではない私でさえ許し難いと感じる。被災者の怒りはとてつもないものだろう、そしてこれから将来発生する被爆での怒りは想像もつかない。

 それでも推進を支持する人達、彼らは恐ろしくないのだろうか? 

 いずれはナチスさながらに、子子孫孫までこの恨みの連鎖が起こるのではないだろうか? 

 そんな事はたいした問題ではないと思っているのだろうか?

 あるいは全員でやってきたから、自分には責任がないと思っているのだろうか?

 悪気は無かったと言って、済ませられると思っているのだろうか?

 私には彼らの考えが理解できない。しかし、あまり危機だという認識はなさそうだ。特に東京電力の上層部は、間接的にでも長年この国を支配してきた自信があるのか、まだまだ余裕ありそうに見えるし、反省や後悔はないように見える。 


●慣れたかマヒしたか>2011/05/12~
 5/12の小出氏のコメントにて、1号機はとっくにメルトダウンしている事が解った。しかし結果的にメルトダウン時の水蒸気爆発は起こらなかったので、1号機については当面の危機を回避したという解説だった。現状では福島事故はまだまだ復旧のめどがついてない状態なので安全ではないだろう。だが私も一つの区切りと考える事にした。

 事故が起きてから予断を許さない状態が2カ月以上もたって私も正直つかれた。TVとネット上での危機感の違いは別世界のようだ。まるでパラレルワールドの境に立っているような気がする。だがその状態はこれからも続くだろう。

 しかし、いったんは本日のこのドキュメントで自分自身が感じていた不安や危機感について整理する事ができた。よってはこれ以上は過度に心配するのを止める事にする。(少なくとも国家壊滅は回避したという事にはしておこう) 

 なお、ここに記載した破滅シナリオは、あくまでも私の空想フィクションなので、数年後には馬鹿な事を考えていたと笑い話になっている事を願います。


<参考>
・チェルノブイリ原発事故

・福島原発事故京都大学原子炉実験所助教・小出裕章氏電話インタビュー (神保哲生の「マル激トーク」)

・5月12日 1号機は最悪の危機は当面回避 小出裕章

2011年5月14日土曜日

想像力の欠如、リーダーには想像力が必要

 リーダーには想像力が必要。

 これは、ここしばらく原発問題についてブログやTwitterにコメントしながらたびたび頭をよぎったキーワードです。別に目新しい話題でもありませんが、日常でも同様の思いをする事が多いので、ちょっと頭の整理の為に記載します。


●「想像力はなぜ必要なのか?」
 これをまずうまく説明するのは難しいので、こういった事を考えるに至った経緯をそのまま記載します。私の本職はシステムエンジニアなのでソフトウェアの設計・コーディングなどを普段しているわけですが、その中でずっと考え続けてた一つが「どのようなスキルが必要か?」でした。

 もちろんソフトウェア開発ならばハードや言語知識などテクニカル知識は必要です。しかし逆にテクニカルな知識の豊富なわりにはたいした物を作れないという人も現実には多くいます。また私はドッグイヤーと呼ばれる技術進歩をだらだらと追いかけるのは切りがないので、逆に技術情報はすべてオプションだと想定し、それをどう活かすかという事を考えていました。(平たくいうと、まじめに勉強するのは面倒なので、もっと要領かませないかと考えたわけです)

 その過程で考えていたテーマに「経験とは何か?」という問いがありました。それは、そもそも「経験」というものをちゃんろ理解していない、解ってないと感じる上司やリーダーというものがけっこう多いからです。

 彼らはだいたいにおいて「過去にやった事がある」=「経験」と言います。しかし私はそれに反論があって、「過去にやった事がある」=「ただの過去」でしょうと言ってきました。駄目なリーダーの典型は「過去にやった事がある、それでうまくいった」的な発想で、成功体験を繰り返そうとします。ですが「じゃあそれにどんな意味やメリットがあるの?」と聞くと、ちゃんと答えらません。これは「経験」ではなく、ただなんとなく「過去」をなぞっているだけで、だいたいプロジェクトをピンチに追い込みます。

 つまり「単なる過去」を「経験」と呼べるようにするには、過去の情報や記憶などの体験を洗練される必要があります。例えば次のようなものです。

  1. 過去の事象を整理しなおす
  2. 発生時点の背景や前提条件を明確にする
  3. 他にどのような選択肢や可能性があったかを考える

 ここで出てくる1)は情報整理能力ですが、2)や3)を実施する為には「想像力」が必要です。目に見えるものからスタートして、直接現れてこなかった背景や違う可能性を推理する必要があるからです。
 
 しかし実際問題としては、上記2)と3)を正しく行えるリーダーは私の見たところあまりいません。比率は大会社でも子会社でもあんまり変わらないようなので、日本人の特性なのか、教育の関係でそういった「想像力」を鍛える場がすくないのかなと考えています。


●「リーダーには想像力が必要」
 ここでようやく本題につながるのですが、私はリーダーには想像力が不可欠だと思っています。特にフレキシブルな状態や変革を必要とする場合には、必須の能力だと思います。そういう場では「止める勇気」や「新たな選択肢を考えて実施する」といった事をしないといけません。あと一つ付け加えるならば「常に本質を問う」必要もあるでしょう。

 ですがここで現実に戻って、特に今テーマとなっている「福島で現実に起きている問題」「これからのエネルギーをどうするかという課題」についてみたところ、政府や財界+官僚などは、そもそも「何がしたいのかよく解らない?」と感じます。

 現実問題に対する認識の甘さでは、現在の事故を収束する為に必要な技術やリソースの見積もり、そして今なお続く放射能汚染の広がりや被爆の問題、近い将来は大量に被爆をもとにした疾患で「水俣病」など比べ物にならない問題がおこる可能性、また世界にたいする信頼欠如などを軽視しているとしか思えません。鎖国でもしない限りは国内で情報隠蔽する事にはメリットはないにもかかわらず。

 またエネルギー課題については、原発を推進しようとする力は大きいようですが、そもそも推進し続けたら「国がもたない」のではないかと思います。狭い国土かつ、人口が減り続けるこの国で、原発を増やしていけば、人の住める場所も減っていき、やがては誰も住んでない地域で核廃棄物だけのお守りをつづけるような、奇妙な状況へたどり着くのではないかと思います。

 そういった問題の根本にあるのが、「想像力の欠如」だと私は見ています。


●最後に
 利権がどうとか、金融がどうとか、直近の話は色々とあるでしょう。ですが「現状維持という選択肢」はそもそも現実的ではありません。彼らが現状維持できると考えているのは、どの程度の期間なのか? 30年、10年、5年、1年?・・・そもそも、それすら解ってないのじゃないかなと感じます。

 私には、だらだらと現状維持をつづければ10年後の日本は、原発以外はほとんど何ものこってない国になって、借金払いながら核廃棄物だけをコツコツ処理するだけになるのではないかと思えてなりません。いまこそ「過去にとらわれず」に、もっと「想像力」を広げる時でしょう。

2011年5月6日金曜日

ネット選挙と政治家の評価

 いちおう忙しくても選挙には行く。支持がなければ白紙でもいいというつもりで行く事にしている。だがそんな私でも、この前に統一地方選挙は本当に困った。主要政党で支持するものがなく、かといって個別候補者についてはよく知らないし、解らない。しかも最近は無所属で立候補して、あとから政党に吸収されるような、サブマリン候補みたいなのも多いので、ますます解らない。ネットで少し調べようとしたが、疲れてあきらめた。

 なるほど、まじめに選挙するというのは非常にめんどうだ。だがそもそも「どうして私はこんなに面倒をかけさせられるのか?」という疑問がわいてきた。そこで、今回はこんなんだったらいいなという「選挙」について少し考えをまとめてみる事にした。
(注:始めに宣言するが、私は細かい選挙制度などは知らないしあまり調べた事もない。だから現状についてというより、「こうあるべき」「だったらいいな」の視点で記載している)


 何故、選挙する時に候補者選びに困るのか?

 まずはこのシンプルな問いから始める。ちなみに答えも単純で「候補者の事がよくわからない」からだ。そして日本では「ネットによる選挙活動」は基本的に認められてない為に、候補者の事をしるのはとても難しい。その逆に候補者が自分の事を伝えるのも、同じように難しいのだと思う。

 例えばこの前の地方選挙で、少しだけでも候補者について調べようとおもってNETで検索したが、あんまりたいした情報はでない。あっても参考にできそうな情報がない。
候補者の党が書いた情報は、自画自賛だからみてもしょうがない。知りたいのは「その人の客観的な経歴や、思想・理念、どんな公約を支持しているのか?」などだが、そういった情報はない。 

 じゃあどうやって、候補者の考え方を知ればいいのか? ここは逆にみなさんどうやっているのかと聞きたい部分だ。
  1. どぶ板選挙みたく、あっちこっちを回っている所で演説を聞くのか?
  2. 講演会的なものを聞くのか?
  3. 口コミで情報を集めるのか?
  4. 支持政党だったり、バックの後援会の情報を得るのか?
 他にもあるのかもしれないが、正直私ならば上記全てはNOだ。
  • 1)を聞くほど暇じゃない。それに立ち話の演説にそんなに中身なんかないだろう。
  • 2)そんな暇はない。
  • 3)暇もコネもないし、精度の高い情報が集まる見こみなし。
  • 4)自画自賛の話を聞く気はしない。
 私的には、細かい説明はいいから、むしろ文書にて「プロフィール」「マニフェスト」「実績」といったものを書いて公開さえしてくれればいい。そしてそれらの情報が客観的にみて妥当そうならば、評価に値するし、うさんくさそうなら駄目だなと思うし・・・としてくれる方がいい。なお公開質問的なものができて、回答なども得られれば、まずはいいだろう。


 逆にいえば、いつも選挙時にやっている以下のような行動は無駄だし、そもそもいらない。
  • 街宣車?宣伝カー?でうるさく騒ぐ事
  • 街頭での演説
  • 街頭で名前を叫ぶ
  • 良く知らないが、おそらくもっと地道な何かをしている?(いずれにしろ無用)
 よく聞く「選挙に金がかかる」というフレーズはおそらくここから来るのだろう。後は葬式の際に花輪をだしたり、祝電うったり、もろもろとあるのかもしれない。だが私的にいえば、それは全部無駄だろうと思う。それならば、むしろ「ネット選挙」を認めて広く情報を公開して欲しい。


 この前の統一地方選挙は、3.11の直後であり、まともな選挙にならないとは思っていた。だが同時に、現在のエネルギー行政の問題など、色々な問題が明確になりかけた時期だったので、重要だとも思った。

 私的には「今後のエネルギー行政を見直す気があるのか?」「原発を推進するのか/廃止するのか?」といった観点で選びたい選挙だったのだが、それについての特に情報が無かった。まあ現状では共産党以外はほとんど現状どおり?のようだから、問うべきような時期にはまだなってなかったのかもしれない。でも今後はそうあって欲しいと思う。


 このブログを立ち上げて書いてきたのは原発の話ばっかりだったが、本来は別に原子力専用のブログでもない。だが現状で一番関心が高いし問題意識をもっているので自然と原発の話ばっかりになった。Twitterを見たりコメントしたりしてたが、同時に色々と問題だとも思うようになってきた。

 ネットを使っていてTwitterも行うような人は、だいたいにおいて原発反対かもしくは減らすべきという意見が大半だと思う。311事故の後ならば、電力会社の社員でも本当は怖いから止めたいという人は多いのじゃないかと思う。ある程度情報を入手して、まともな知識があれば、わざわざ命がけで原子力を使いたいとは普通思わないだろう。それに使う理由(経済的根拠など)は実際にはほとんどないといっていいものだ。

 だがネットでそれだけ声が上がっても、政治やマスコミにはなかなか反映されない。そしてこの前の選挙でも、それほど争点にはならなかった。(明確に争点として挙げる支持者が少なかったのだと思う) もし現状の選挙制度のままなら、次回も同様にお茶を濁した選挙になるかもしれない。何故ならば政府もマスコミ+αの現状維持派は、この問題で議論を避けているからだ。


 ちなみに、この前に「原子力のこれまでとこれからを問う(PART2)」を見た。河野氏いわく、自民の例でいえば、原子力について正しい知識をもっている政治家はほとんどいなくて、ダム工事と同じレベルぐらいの意識しかないらしい。この件だけではないが、ときどきニュース耳にして政治家の資質問題と思われるようなものもある。

 本来ならば一応国民の代表なのだから、それなりの知識やコンプライアンスもあって欲しいところだが、なかにはあきらかに「おまえ頭悪いだろう」とか、「そもそもやる気ないだろう」といった議員はあんがい多そうだ。政治の世界はくわしく知らないが、現状見てると馬鹿でもつとまってしまうのかもしれない。

 どうすればちょっとでも改善できるのかと考えてみたが、どうも難しそうだ。思いついたものを挙げてみると、例えば立候補者や現役政治家に次のような事を義務付けてはどうか・・・。

1)定期的な知能テストを義務付ける
 何をもってまともな知能とするのかは難しいが、今の世の中ならば最低はITリテラシー欲しい。客観的な評価ならば語学力とかはいいかもしれない。

2)プロフィールをちゃんと作る
 隠れ無所属も多いし、政党内でもかなり意見がわかれるので、やっぱり個人単位で理念や政策をつくって欲しい。

3)個人単位で活動報告書的なものを作る
 こういうのがないとダメなのでは? 実はゴルフしているだけですとか、地元でダラダラしてましたとか・・・本来は公人だから、活動報告も出すべきなのだろう。
 
 まあどれも難しそうだけど、とりあえず「ネット選挙」ができるようになって、各自最低これだけの情報は出せというようになれば、もう少し解りやすくなるかもしれない。そもそもドブ板選挙というのはもうだめだろう。日本の政治は地元に利益誘導するのが最優先だが、それだけでは世の中うまくいかないという事だけは、現在既に証明されたのだから。


<参考>
・ネット選挙のメリット・デメリット - NAVER まとめ
 http://matome.naver.jp/odai/2125731330340563944

・原子力のこれまでとこれからを問う(PART2):河野太郎氏(衆院議員)、武田徹氏(ジャーナリスト)

2011年5月2日月曜日

風評被害と情報隠ぺいの境に

 最近はよく、これは風評被害なのか、それとも正当な判断なのか、それらが混乱したような記事や発言を目にする事がおおくなった。

 もっとも解りやすい例が、いわき市で起こった給食に関する問題だ。いわき市では福島産の食材を使って、学校給食で食べさせているという。なお食べようとしない子供には「福島産の牛乳や食材は危険だという風評を払拭するため」と言ったと言われている。

 他にも最近似たような話を聞いた。福島知事だったか? 県外への人工流出を防ぎたい為に、積極的に避難した人たちを地元へ呼び戻しているときく。

 また、こんな話もあった。妊婦の方をなんとか安全な場所へということでボランティアが沖縄へ疎開させたが、地元から帰ってこいとか、自分だけ逃げるのに忍びないとかいう理由で結局は地元へ戻ってゆく人が多いときく。

 こういった話を聞いて、みんなはどう考えるのだろう。 あなたはどう考えるのか? 少なくとも何かおかしいと思わないか?

 私はおかしいと思う。 だから、この事について話したい。


 例として挙げた3つの話だが、解りやすいので給食の例で考えたい。この話では2つの意見の対立がある。おそらく次のようなものだと考える。

1)市側の意見
 給食を拒否する事は、福島の食材が汚染されている事を認めることになる。それは結果として風評被害を助長させる事になる。故にいわき市としては、全員が強力してこれを止めるべきである。だから給食の拒否は許されない。

2)子供の両親側の意見
 風評被害云々の為に、どうして子供を犠牲にするのか、危険にさらすのか? そんな義務がそもそもあるのか?

 私的には2)が正論だと思う。そもそも「風評被害じゃないだろ」、あなた方がやろうとしているのは「事実の隠ぺい」にむしろ傾いているのではないかと思う。そもそもこんな話になってややこしいのは政府の指示が信用できない事が原因だ。だが現状で独自に情報を判断すれば、そしてリスクを考えて安全側に対処するならば、子供を危険にさらすべきではない。

 1)と2)の話は、ともに事実を曲解(もしくは誤認)した事による、間違った努力、もしくは方向性がずれた善意だと思う。 だが3)はちょっと違うのではないだろうか? 「自分だけが逃げるのか」という問いに、「逃げて何がおかしい」と答えても良いと思うが、なかなかそういかないのが多数なのだろう。


 このテーマをわざわざ書きたくなったのは、昔よく感じていたある違和感を思い出したからだ。過去に私は仲の良かった友人に次のような事をいった事がある。

 「日本人というのは「平等」だということをやたらと強調する。だが、私は「平等」にしたいなどと考えた事はない。その代わりに「フェアー」であるという事については、徹底的にこだわってきた・・・」

 「平等に幸福になろう」そう語れば美談かもしれない。 しかし「平等に不幸になろう」というのはどうだろうか? 今回例にあげた問題はいずれも、暗黙のうちに、「平等に不幸になろう」と言っているような気がしないだろうか? 

 そもそも人は同じではないし、人生を同じにするわけにもいかない。もしも「平等」という言葉が、全てを均質にしようとする呪文なのならば、私はNOという。 しかし、代わりに「フェアー」かどうかについてはこだわりたい。結果は平等にならないだろう。だがその過程は明確でなければならい。どこのどいつであろうが、ごまかしを許したくない。

 今回問題になっているような気持ち悪さ、それは過去にも覚えがある。 「平等にする」事なんかに、たいした意味はない。「明らかにする」事に意味があるはずだ。


 だがこの誤った平等の押し付けを、いま一番やっているのは政府である。風評被害を防ぐという名目で、各所の野菜の数値を計ったり/計らなかったり、ミルクを混ぜて計るだの・・・、例を挙げればきりがない。政府はあたかも、こういったいるかのようだ。

 「日本全体で平等に被爆すればいいじゃないですか、わけへだてなく、みんな同じですよ。文句を言う必要もないでしょう」

 そういえば、第二次大戦の軍部も良く似たようなスローガンを出していたような気がする。それだけ、政府も国民も成長してないという事かもしれない。

 だからこそ、あえて明確にしておきたいが、

 政府も、いわき市も、似たようなもろもろの話に対して言いたい。 


 『それらは全部まやかしだ。巨大な誤魔化しでしかない。自分と周りの全員を同時に誤魔化してなっとくしようとしているだけだ』

 こういう、あたかも、自分自身と周りに催眠術でもかけて、納得しようとしているかのような、馬鹿げた議論や説明は即刻止めてもらいだい。

 今に要求されているのは、誤魔化しではなく、具体的な救済であったり、対策であったり、行動が必要とされているのだ。誤魔化しではない。

 例に挙げた1)~3)の全てに当てはまるのは、全てがただ現状と自分を誤魔化しているだけだ。給食の例であれば、風評被害ではなく、実体被害をまず止めるべきだ。まずは現在の問題を認めるべきだ。
(もっと具体的にいえば、嫌がる子供に給食食わせるよりも、安全な食材を他県から入手して、損害を全て東電に請求すればよい)


 平等だか、連帯だか、なんだか分からない言葉による誤魔化しや、不安や傷のなめ合いだか、そういった事は止めないといけない。それは思考停止となって、さらに被害を増やすだけだ。あくまでも、どんなにシビアだろうが、現実をみて判断して欲しい。そうしないと、これからもっとひどい事が起こる事になる。


<参考>
・緊急の訴え いわき市の市長さんへ、あなたは神ですか?
 http://news.livedoor.com/article/detail/5519865/